石原莞爾(稀代の戦略家・預言者) (2): 金銀投資作戦参謀本部戦闘記録書庫

2011年06月17日

石原莞爾の記録

石原莞爾は後年、今の教育で非常に悪いことは悪平等ということだとして、小学校時代をこう回想している。

「私は小学校時代で割合できる方でしたが、授業は一番できないビリを相手にするから、五十分の時間退屈して困る。 仕様がないから、先生の隙に乗じて前の頭をコツンと殴る。 それから先生があまり油断してをると、奇襲作戦の稽古として、二三人おいた先を殴る。 大体成功しますけれども、時々発見される。 「一寸立てッ」といふ、家へ帰っちゃいかんと云ふ。 確かに自分が悪いと思いますけれども、どっか割り切れないものがあった。 私が今のやうにひねくれた様な気持ちをもつのは、全部小学校で猛訓練された結果です。」  1942年4月号『東亜連盟』所収


2011年06月16日

石原莞爾の記録

昭和21年初頭、飯田橋の逓信病院に於ける検事の訊問

検事 
「戦犯の中で一体誰が第一級か」(東条英機と答えるのを期待している)

石原莞爾
「トルーマン」

検事 
「それは大統領のトルーマンか」

石原莞爾
「そうだ」

検事 
「どうしてか」

石原莞爾
トルマーンが大統領就任の時ばらまいたビラに『もし日本国民諸君が軍人と共に戦争に協力するならば老人、子供、婦女子を問わず全部爆殺する…』と書いてある点を示し「これはなんだ。 国際法では?非戦闘員は爆撃するな″と規定があるにもかかわらず、これは何か」

検事 
「あれは脅しだ」

石原莞爾
「そうではない。 このビラの通りに実行したではないか。 B29が軍需工場でない所、戦闘員以外の民衆をすべて爆撃したではないか。 広島や長崎は一体どうしたことか。 トルーマンはこのビラの通り実行したではないか。 このトルーマン大統領の行為は戦犯第一級のそのまた第一級に値するものである」

横山臣下平著『秘録石原莞爾』より

2011年06月11日

石原莞爾の記録

昭和21年初頭、飯田橋の逓信病院に於ける検事の訊問

石原莞爾
「日本の犯した罪は相当深いが、一体何処までさか のぼるのか」

検事 
「日清、日露の戦争までさかのぼりたい」

石原莞爾
「どういうわけか」

検事  
「満州事変の根源は日本の大陸侵攻の日清、日露戦争にあるからだ」

石原莞爾
「よし判った。 そんなに歴史的にさかのぼるなら、ペルリ(ペリー)を呼んでこい」

検事  
「エッ、ペルリ?」

石原莞爾
「自国人のペルリをしらないのか」

検事  
「それはどういうわけか」

石原莞爾
「我々は徳川幕府の昔から鎖国主義で満州も台湾も不要であったのに、貴国からペルリが黒船に乗ってやって来て大砲で脅かして門戸開放を迫り、日本を世界の荒波の中に押し出し、自ら侵略の手本を示した。 こうなってくると、日本としても何とか生きる方法を考えなければならないから、貴国を大先生として、日本も泥棒の侵略を習い覚えたのだ。 その元凶はペルリだ。 ペルリをあの世から呼んできて戦犯としてはどうか」

横山臣下平著『秘録石原莞爾』より
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