石原莞爾の記録: 金銀投資作戦参謀本部T・U

2011年06月17日

石原莞爾の記録

石原莞爾は後年、今の教育で非常に悪いことは悪平等ということだとして、小学校時代をこう回想している。

「私は小学校時代で割合できる方でしたが、授業は一番できないビリを相手にするから、五十分の時間退屈して困る。 仕様がないから、先生の隙に乗じて前の頭をコツンと殴る。 それから先生があまり油断してをると、奇襲作戦の稽古として、二三人おいた先を殴る。 大体成功しますけれども、時々発見される。 「一寸立てッ」といふ、家へ帰っちゃいかんと云ふ。 確かに自分が悪いと思いますけれども、どっか割り切れないものがあった。 私が今のやうにひねくれた様な気持ちをもつのは、全部小学校で猛訓練された結果です。」  1942年4月号『東亜連盟』所収
この記事へのコメント
 多くの人がこのことを言います。飛び級を認めるべきです。少年期青年期、およそ大学までの成績は特殊な人を除いて、関係ない気がします。それ以降の勉強が必要ですが、石原莞爾も欧米または江戸時代に生まれていればよかったですね。

 しかし大学時代に正統な学問をした人としなかった人とは格段の違いはあるようですね。私は違いますが、見ればそれをなぜかわかります。正統な学問をした人かどうかを。

 早速本を買いました。暇を見て読みます。
しかし世界が動き始めましたね。金大暴騰の可能性がありますが、それは先物市場の崩壊を意味します。さて先物市場がどのようになるか。国内は少し取引が増えました。
 外国がわかるといいですけれども。
Posted by yasuke at 2011年06月18日 00:27
正当な学問の定義とは何でしょう? 大学に限ってですか?
私は、学問の有無よりも資質つまり地頭の良し悪しをより重視します。 

正当な学問を受けた恩賜の軍刀組でもあれほど見るに堪えない醜悪な行動や結果に唖然としませんでしたか? 東条英機を何度も登場させたりするのがいい例です。 

私は所謂“頭がいい人”を、「情報処理能力が高い人」と「地頭がいい人」の2つに分けて考えます。 勿論、両者を兼ね揃えた人も多いですが。
Posted by Kanji at 2011年06月21日 00:47
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