金銀投資作戦参謀本部T・U

2011年06月11日

石原莞爾の記録

昭和21年初頭、飯田橋の逓信病院に於ける検事の訊問

石原莞爾
「日本の犯した罪は相当深いが、一体何処までさか のぼるのか」

検事 
「日清、日露の戦争までさかのぼりたい」

石原莞爾
「どういうわけか」

検事  
「満州事変の根源は日本の大陸侵攻の日清、日露戦争にあるからだ」

石原莞爾
「よし判った。 そんなに歴史的にさかのぼるなら、ペルリ(ペリー)を呼んでこい」

検事  
「エッ、ペルリ?」

石原莞爾
「自国人のペルリをしらないのか」

検事  
「それはどういうわけか」

石原莞爾
「我々は徳川幕府の昔から鎖国主義で満州も台湾も不要であったのに、貴国からペルリが黒船に乗ってやって来て大砲で脅かして門戸開放を迫り、日本を世界の荒波の中に押し出し、自ら侵略の手本を示した。 こうなってくると、日本としても何とか生きる方法を考えなければならないから、貴国を大先生として、日本も泥棒の侵略を習い覚えたのだ。 その元凶はペルリだ。 ペルリをあの世から呼んできて戦犯としてはどうか」

横山臣下平著『秘録石原莞爾』より
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