金銀投資作戦参謀本部戦闘記録書庫

2011年05月22日

旧東京不動産研究所記事【2010-09-19掲載】

不動産投資の本に載ってない情報(商業用不動産と居住用不動産との違い)

この2つ違いがお分かりになりますか?

本屋に行って不動産投資の本を片っ端から買ってみてください。 例外なく、アパートやマンション投資で成功した!  こんな内容じゃないですか?

今考えているのは、金がピークを付けるであろうその時に、いやその前に金から不動産に飛び移る、それが私の戦略です。  そもそも私が職業として不動産という業種を選んだのも、若い頃お金に苦労したからであり、あらゆる職業の中でも特に経験がものをいう世界だと思ったからです。  職業として一生懸命仕事をした経験が自分が資産を築く時にもそのまま役に立つ、一石二鳥だと判断してのことです。  金銀だって永久に上昇することはありません。  皆さんの出口戦略は如何?


ここで本題。

どちらが不動産として優れているか?

究極的には、利回りが良ければどちらでもいい。 というのがその答えになると思いますが、商業不動産には居住用不動産にはないメリットがあります。

契約終了日までに、賃借人が自らの費用負担で原状回復を行い、借りる前の状態に復して明け渡さなければならないという、居住用不動産にはないメリットがあるのです。   この業界では、当たり前すぎることですが、知らない人多いんじゃないですか?   部屋を家主の負担できれいにするのではなく、賃借人が家賃が発生している期間内にもかかわらず、自己負担できれいにして戻さなければならない。

これらのことを考えると、商業不動産は契約が順調でさえあれば、家主にとって非常にメリットの多い財産であるということができます。

それにこの場では書けませんが、この他にも家主にとって非常に都合が良いメリットもまだあるのです。


posted by kanji at 19:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 旧東京不動産研究所記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

鎮魂歌

少し可哀相なので、今後の学習のヒントを残しておきます。

満州事変前後のことを良くご存じないので、当然Ralph Townsend(ラルフ・タウンゼント)すら知らないのでしょう。 全く…

日本人や中国人が書いた報告書や新聞記事では公平性を欠くと思いますので、アメリカの外交官が書いたものがいいでしょう。  満州事変前後のことも書かれていますし。

彼の経歴をWikiから簡単に紹介しておきます。

ラルフ・タウンゼントRalph Townsend、1900年‐1975年)は、アメリカ合衆国の外交官・作家。中国・中国人の本質を良く知っていた数少ない欧米人の一人だった。

経歴 [編集]
コロンビア大学出身。同大英文科教師を経て国務省入省。
1931年 米国上海副領事となる。第一次上海事変を体験。その後福建省の副領事として赴任。
1933年 帰国後外交官を辞職し大学講師のかたわら著述と講演活動に専念。
1941年 親日派言論を展開したため、真珠湾攻撃後は1年間投獄される。



"Ways that are dark:The truth about China"邦題『暗黒大陸 中国の真実』(Ralph Townsend, G.P. Putnam, 1933年)

P200より
 満州軍閥、張学良の話である。 「満州の王」気取りで、中国に「満州には手を出すな」と警告まで出すほどになった。 こうまでされては中国政府も黙ってはいないと思うのだが、何もできない。 ただ「反逆者、無法者」としただけである。 だから張は我が物顔に満洲で暴れまわっていた。 ところが日本軍はわずか一万四百の兵で、しかもたった数日で二十万の張軍を撃退した(石原莞爾の作戦立案・指揮による)。 負けた張学良はどうなったか。 広大な満洲から搾りとったから金に不自由はない。 選りすぐりの美女二、三十人を秘書として従わせ、イタリア旅行へと洒落こんだのである。

P255より
 1928年、張作霖が暗殺され、遺産は無能な放蕩息子の張学良に転がり込んだ。 父の張作霖は慎重だった。 日本に好意を持っていたわけではないが、かといって公然と敵対行動に出ることはなかった。  日本人を脅かすこともあったが、政情定まらぬ国では普通にありえる程度のことで、日本が行動するほどのこととではなかった。
 張学良が跡を継いでからは事態が一変した。 南京を拠点とする風見鶏の蒋介石と同盟を結び、中国の地に乗り出し、政治に手を出し、汪兆銘の「中央政府」を追い落とした。
 北京を乗っ取り、取れるだけ税を取った。 南京中国中央政府に「手の者」を多数忍び込ませた。 それから「外務協会」「北京文化協会」という反日プロパガンダ組織を作り、盛んに行動を開始した。 部下は新政策の一環として日本に次々と要求を突き付けた。 大連と旅順の返還を迫り、条約を無視し、税金を取り立てようとした。 たとえ、父の張作霖の腹心の部下であっても、反日政策に乗らない者を容赦なく追放し、暗殺した。 日本に留学したというだけで追放し、虐殺した。 父張作霖の子飼いの部下二人を麻雀に誘い、殺した。
 満州全土で日本人襲撃事件が多発した。 張学良の狙いが何なのかはわからない。 ただ、中国と関わりを持ったことで、1927年に政権を取った国民党の排外政策に同調したことだけは確かである。  歴史に「もし」はないが、もし、初めから負けるとわかっている戦を仕掛けないで、父と同じようにしていたら、満州に残れたかもしれない。 そして満洲は「満州国」にされずに満洲のままでおれたかもしれない


日本という競争相手、いや敵国と言っていい外交官の手記である。  石原莞爾がいなくても、満洲で別の形でも火の手は上がったでしょう。 敵対している外国人から見ても、当時の満州は何時火が噴くかわからない状況だった。

また、過去と現在は繋がっている。  大東亜戦争で日本が負けてリセットと言っていいほど断絶されましたが、石原莞爾が「日本株式会社」を創った男―宮崎正義の生涯(Wikiがない!ので「日本株式会社を創った男」という表現が良くとらえられているので採用)を経済顧問にして満洲国で行おうとした経済政策策定運営の中心となったのが、星野直樹、岸信介です。  戦後日本復興の基となった傾斜生産方式(これって満州国で行おうとした「統制経済」ですよ!)は満州国の遺産。 自らをも否定していることに気付きもせんとはね。  戦後日本復興の果実をバブル絶頂期まで味わい尽くしたのでないですかな?  それで認めないなんて言うのは抱腹絶倒、へそで茶が沸かせますな!  

合掌

旧東京不動産研究所記事【2010-10-26掲載】

※以下、記事内容を一部削除してあります。  記載銘柄については後日また触れることにしますのであしからず。

いいですか? 忘れないでください。  

本質的に不動産投資信託とは、家主のために造られたような商品であるということ。 

「婆さん芸者に白粉塗りたくって、御座敷に上げてるようなもの」  

長くそして高く稼げるピチピチの芸妓は女将が手元から離さないでね。

この表現、あまりにも的確で独りほくそ笑んでるんですが…。

これを読んでいる大手家主の社員さん、どうですか?  急所を突かれてるでしょう?

マネー雑誌に載ってるアナリストの分析コメントなんか、鼻で笑ってますよ。  最前線を知らないで、また戦ったこともない分析屋さんがほとんど。  まあ、10人に一人くらいは感心する分析をしている人もいますけどね。
posted by kanji at 00:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 旧東京不動産研究所記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

旧東京不動産研究所記事【2010-12-4掲載】

本日は、私が密かに注目している不動産株の紹介です。

【3250】(株)エー・ディー・ワークス

この会社、ほぼ絶滅した買い取り転売の会社です。  ここで詳細を申し上げることはできませんが、私が金銀から不動産に飛び移る時に、この会社の株主になってもいいと思える会社です(あくまで独断と偏見ですのでご了承を)
posted by kanji at 00:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 旧東京不動産研究所記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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