金銀投資作戦参謀本部戦闘記録書庫

2011年04月11日

全てが正しいわけではない

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  山本五十六


「やってみせ、言って聞かせて、させてみて、褒めてやらねば人は動かじ」

山本五十六の有名な言葉。 とても感心する名言ですね。

 
信越化学工業の企業価値を「兆円」単位で増進させた、金川千尋社長が山本五十六を尊敬しているという経済紙の記事を読んで、正直「この一流の経営者がウソだろ…」という感想。  

日経ビジネスだったか10年近く前に「ゴーンを超えた経営者」という特集にも紹介されていて工場から出る貨車の動きを読んで、市況を判断し決断をくだすというという経営手法にとても感心したのを覚えている。


山本五十六は日米開戦に反対し続けたということで世間的には名将という評価ですが、三国同盟や日米開戦に反対した着眼点は鋭くても、戦争指導はまるでダメな愚将というのが私の評価。

会社に例えると、新商品や経営方針の着眼は鋭くても、実際の運営がまるでダメな経営者。  成功することしか考えなくて、失敗時の撤退戦略を持っておらず、販売開始後の見通しも不明確で人事もヘタクソ。  一か八かの単なる博打打ち。

真珠湾奇襲攻撃成功で大艦巨砲主義の時代の終焉を自ら証明したのに、その後のミッドウェー島攻略戦の発案者且最高指揮官でありながら、不沈艦「大和」に坐上してるのにもかかわらず、戦艦群を虎の子の空母の前に置かず、空母後方540qに配置して作戦指導するという考えられない致命的なミスを犯している。  小沢治三郎と比べるべくもない。

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  小澤治三郎

蛇足ついでに、小沢治三郎は後に「マリアナの七面鳥打ち」と呼ばれる大敗北を喫したが、戦艦群を空母の前面に置き、航空戦で傷ついた艦艇群を戦艦で叩くという戦術をとった小澤は山本フィフティシックス(米側呼称)と天地の差です。  アメリカの戦史家は後に「オザワはハンマーを振り上げて向ってきた」と評し、偉大な戦術家の死を惜しむコメントを残している。  戦後、小澤がアウトレンジ戦法を批判されたときに「それなら、ほかにどんな方法がある」と答えたという。  惜しむらくは、パイロットの技量と作戦機数、それに科学技術力(VT信管)が優秀な指揮官の能力をもってしても、乗り越えられないくらい差が開き過ぎていた。  ―蛇足終わり。

経営者自らが創業時の伝統ある商品(日本海海戦の大成功を奇貨とする)がもう売れない、時代遅れになったことをこれ以上ないくらい証明しておきながら、販売大成功後にまた昔の商品を店頭に並べて会社経営を継続するというとんでも社長。  しかも新商品を良く知る山口多聞課長や小沢治三郎課長ではなく、年功序列で販売商品の知識もない南雲忠一部長を販売責任者に置き続ける、人事の名手山本権兵衛社長とは比べるべくもないダメ社長。  
 
この超一流の経営者にしてこれか…という感想。  恐らく着眼点の鋭さと後の運営能力を混同してしまっているのではないか? ―これが私の感想。

おこがましくも超一流の経営者に意見する形になりましたが、蛮勇を持って言いますが、間違いなく私の方が正しいことを確信します。  話ができるチャンスはないと思いますが、機会があればぜひ意見を聞いてみたいものです。


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